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no.107
生きる
 五年前、娘婿の実母、定子さんが、現在の私の年齢と同じ七十一歳で他界した。

 私は最近、その事実を改めて思い出すようになった。病気とはいえ早すぎる彼女の死がとても辛く思えるのだ。

 定子さんは地方都市に生まれ同じ県内に嫁ぎ、嫁姑の生活を長く続けた。三人の子供を育てその長男が娘婿である。結婚式や子供の大学の入学式、卒業式、孫の大学の入学式など、たまに上京することはあっても、都会に住む私とはライフスタイルが想像もできないくらい異なっていた。

 先日、私は久しぶりに友人と銀座を歩いた。日脚が延びた歩道には人が群れ、長い影をつくっていた。そんな銀座を歩きながら、おいしい食事を楽しんだりコンサートや芝居に出かけることもあまりなかったであろう定子さんを思った。それを考えればたまには自由に出かけられる私は、あれこれあっても幸せだなあと思う。もちろん人それぞれ感じ方は違うとは思うけれど。

 一緒に温泉に行きましょうと約束していたのに、結局果たせずじまいになってしまった。

 それにもう一人、主人の実家熊本に住む三男の嫁、紀子さんにも言えることだ。紀子さんは私と同い年、しかも東京出身なのだ。彼女は週に一度くらい電話をかけてきて「こんなはずじゃなかった。もう一度生まれたら絶対熊本なんて住みたくない。もう取り返しがつかないわ」などとぼやいている。私にも彼女の気持ちはよくわかる。

 子供のいない紀子さんは、猫を九匹も飼っているそうで子供のように可愛がっているらしい。そんな猫たちの様子を見ていると、まるで人間社会そのままで面白いわよ。それが唯一のなぐさめだわ、と言っている。

 住めば都というけれど、どこに住むかどんな人と結婚するかで、たった一度の人生が左右されてしまう。私は都会に住むことが出来てよかったなと思っている。

 とはいえ、終戦直後、小学五年生から短大を卒業するまで父のふるさと、長崎で過ごした。豊かな自然、のんびりした地方の暮らし風景は深く心に焼き付いているし、今ではなつかしい思い出となっている。

 だから決して地方を軽んじるつもりはないけれど、私はやはり雑踏が好きだ。シルバーパスを使う年齢になって、以前のようにたびたび出かける体力はなくなったけれど、その気になれば一日、都心を楽しむことは出来るもの。

 こうして原稿の下書きをしているテーブルの上に温かいコーヒーがある。そんなささやかなひとときに感謝して、これからの日々を大切に生きていこうと思う。


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