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no.83
空きかん
 私鉄電車に乗っていた時のこと、始発だったのでかなり空いていたのだが、気がつくと空きかんがころころと転がってきた。

 電車が揺れるたびにあちこち動き回る空きかんを見るともなく見ていたら、駅に止まった途端、ドアの真ん前にピタリと止まった。

 降りる客より乗ってくる客の方が多かったが、空きかんにチラリと目をやるものの、だれ一人かがんで拾おうとするものはいない。いくつかの駅を過ぎて一人の老年の男性が乗ってきた。すると、彼はサッと空きかんを広いドアの端に置いて、何ごともなかったかのように近くの席に座った。

 ところが、又電車が動きだすと空きかんはコロコロと転がりだす。彼は二度とそれを拾おうとはしなかった。乗り降りする若い女性や青年らは無視して踏みつぶしながらも、手を出して拾うものはいなかった。

 そんな中、私が降りる一つ前の駅で、誰かがその空きかんをホームに蹴りとばした。

 やれやれ、車内にホッとしたような空気が流れた。

 さて、かくいう私は座席の中ほどにいたのだが、結局、私も成り行きを見守る一人だった。


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