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no.85
バラ子ちゃん
 「バラ子ちゃん」とは、つい先日までキッチンの出窓を飾っていた一本の赤いバラである。

 このバラは昨年のクリスマス二十五日に、駅前の花屋さんでお買い得品として売られていたものだ。その日、私は何故かこの赤いバラに魅せられて一本買ってしまった。

 花器は陶芸をやっている友人から頂いたお気に入りのものにした。形はとっくり型で、ベージュ色の地にブルーの渦巻き模様が、赤いバラをひときわ美しく見せていた。

 その日から、私は毎朝お水を換えて大切に見守ってきた。年内は日ごとに美しくつぼみが開いていく様子をいとおしく楽しんだ。

 ところがお正月になっても、赤いバラは一向に衰える様子もなく凛としていた。そこで私は「バラ子ちゃん」と名前を付けたのだ。そして毎朝、「バラ子ちゃん、おはよう。今日も頑張ろうね」と、声をかけるようになった。

 一月も二十日を過ぎるとさすがの「バラ子ちゃん」も少し衰えを見せはじめた。けれどまだ花首もしっかりしているし、すごい生命力だなあと感心していた。水切りのために少しづつ茎が短くなり、葉っぱも六枚になってしまったけれど、」私はそんな「バラ子ちゃん」に我が身を重ねて見守り続けた。

 二月に入るころには、花弁の周りが黒ずみはじめ反り返ってきた。でも未だ花弁が落ちる様子はない。こうなるともう祈るような気持ちであった。朝起きて、「大丈夫かな?」と、たしかめるのが怖いくらいであった。

 その日はついにやって来た。二月二十四日朝、起きてみると花弁が一枚はらりと落ちていたのだ。私は悲鳴にも似た気持ちで「え!どうしよう。もう少し頑張って!」と思わず声を掛けた。そして祈るような気持ちでお水を換えようとした、その時「バラ子ちゃん」は崩れるように一気に花弁を落としててしまった。

 正味六十日、「バラ子ちゃん」は二ケ月も頑張ってくれたのだ。信じられない思いである。「花の命は短くて」と言うけれど、一本のバラがこんなに命を永らえてくれたことに感動している。

 女性に喩えれば、少女から大人の女性になって老いてゆく姿をまざまざと見せてくれたような気がする。あんなに美しいつぼみが開花して最大限にアピールして、花弁を落とすまでを見届けることができて、心から「バラ子ちゃん」にありがとうと言いたい。

 私もこれからの日々を、「バラ子ちゃん」の様に力強く粘り強く生きていきたいと思う。ここまで心を込めて一本の花を見届けたのははじめてだったので、本当に「花の命」というものを実感したような気がしている。

 「バラ子ちゃん。もう一度、ありがとう」


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