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no.92
バナナ
 四、五日前に買ったバナナが熟しきった甘い香りを放ち、皮に茶褐色の斑点が増えてきた。以前、テレビで「バナナは斑点が出るころが栄養価が高く食べごろだ」と聞いていた。

 そのバナナを食べながら、ふと思った。人間も年を取ると、シミや皴、あざ、ほくろなどが増えてくる。もちろん個人差もあるが、私は亡くなった父に似ているのか、胸やお腹の辺りに小さなほくろがでてきた。皮膚科を受診したところ、「老人性のものだから心配ありません」と言われたが、ほくろが大きくなってきたり、ところかまわず出てくると見た目も悪いし、いい気持ちはしない。

 一方、バナナと同じで人間も年を取ることで、その年ならではの人間的魅力や包容力、判断力が冴えてくるとしたら、年を取るのも悪くないなとは思う。

 ところで、今の私にとってそんな魅力のあるいわば「尊敬する人」がいるかなあと思いを巡らせてみた。ついでにこうなったら知人、友人にも聞いてみると、特定の人でなく「信頼できる人」「やさしい人」「目的を持って頑張る人」「包容力のある人」などであった。

 Aさんがこう言った。さんざん考えた揚げ句、「急に聞かれてもでてこないわ。人間って一長一短があるし全面的に尊敬できる人はいないわ。両親は尊敬するけど色々な面があるものね」

 Bさんは、「ズバリ母親ですね。九人も子供を育てて自分はそっちのけで家事、育児に追われていたわ。今では考えられないわね。私にはとてもできないわ」と言った。

 逆に敬遠されたのは、いわゆる立派な人、成功者、政治家、弁護士など偉い人?と呼ばれる類であった。歴史上の偉人など上げる人は一人もいなかった。

 そして一番多かったのは以外にも「尊敬する人などいない」という答えであった。

 現代のように多様化された社会ではどんな生き方も許されるから、尊敬するには当らないのだろう。多くの人が心のゆとりを失い、自由をはき違えて自分さえ良ければと言う傾向にあるからだろう。昔のように威厳を持った父親像なんて、いつの間にか消えてしまったのね。

 さて私が尊敬する人といえば、たとえばスポーツ選手の柔道家・鈴木桂治選手のようにに極限まで自分を追い込んで成果を上げる人だろうか。その目的を達成するためにどれほどの忍耐と努力があったのかと思うと敬意を表したくなる。よほどの精神力と健康な肉体がなければ成しえないと思うからだ。

 そう、私もバナナが熟成していくように精一杯生きてみよう。


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