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no.94
無駄なこと
 私にとって「無駄なこと」とは、ズバリ「思い煩うこと」だろうか。時々、考えても仕方ない、どうにもならないことが頭から離れなくて眠れない日々があるのだ。

 先日も、夫の実家のことが頭に浮かんだ。長男である夫は学生時代から東京在住なので、現在は三男夫婦が実家を継いでいる。ところがその夫婦には子供がいないのだ。どう考えても我が家の息子しかその後を継ぐものがいない。しかし、息子は熊本に住む意志など全くないし、私も息子が熊本に住むなんてことは絶対にして欲しくない。とすれば実家はあのまま崩壊していくのだろうか。と考え込んでしまった。

 又、我が家も老朽化してきたし老いてきた。私は最近駅までの距離が遠く感じられるようになってきた。ここはご近所の関係も良いしとても気に入っているのだが、将来、息子がこの家に住み続ける可能性があるか否かを考えると、どうしようかなと悩み始めている。現実は難しいと思うけれど。

 最大の関心事は「老い」「病気」ヘの不安である。振り払っても振り払っても頭に浮かんでしまうこれらの問題を、無駄なエネルギーを使っているなと、認識しながらもどうすることもできないのだ。

 それに七月五日は終日大雨だった。翌日どうしても出かけなければならない用事があり、大雨だったらどうしよう、断ろうかな、電話しようかなとパニックになるほど考え込んでしまった。何しろアメが振るとタクシー待ちが二十人ほどになるので、帰宅時に乗れないことが多いのだ。雨の日に限って乗れないなんて私にとっては地獄なのだ。

 その大雨の日、タクシーを待っていられなくて荷物を抱えて十五分歩いて帰宅したら、倒れ込むくらい疲れ果ててしまった。その時、
「もうイヤだ。雨の日に出かけるのは止めよう。これからどんどん年を取るのにどうなるのだろう」などと深刻に悩んでしまった。だから雨が降るたびに頭が痛い。ああ疲れた!

 ところが私がタクシーに乗って帰ると、ご近所の同世代でも元気な人たちは、「まあ、もったいない。ゆとりがあるのね」などと平気で言うのだ。また、何ケ月か前、たまに会う人に「よくタクシーで帰ってくる奥さんね」なんて言われてしまった。見てないようで見てるのね。

 でも私にとっては、何と言われようと、もはやタクシーは無駄どころか必要不可欠なものとなっている。色々人様には分からない事情があるのだ。

 一方、「たまには無駄も必要」、「無駄な努力」ということもある。一生懸命に努力して報われなかった場合、結果的に無駄だったということもあるが、その努力のプロセスは決して無駄ではなかったと思うのだ。

 でもこの歳になるとそんな余力などない。一日のエネルギーを無駄なく配分して過ごすしかなくなった。なんとも心細いことになったものだ。


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