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no.96
 私は日頃からよく原稿用紙を使う。一冊、たった二百三十円のA4サイズの原稿用紙に、これまでどんなに多くの楽しみをもらっただろう。

 もし、世の中に紙というものがなかったらどうだろう。まず書けない、包めない、拭くこともできない。これほど暮らしになくてはならない道具って有るのだろうか。紙ほど価値のある道具ってあるだろうかと考えた。

 そこで「紙」について調べてみた。古代から人類は情報を記録して後世に残そうとする欲望が大きかった。人知が進むにつれさまざまな試行錯誤、工夫をへて今日の植物繊維紙が発明されたとある。

 いにしえの紙についての記述は、中国の「後漢書」に出ている。中国の蔡倫という人が、樹皮や麻くず、魚綱を用いて紙をつくったという。蔡倫はそれまでの製紙技術を集大成した人とされている。帝に奏上した年は西暦の百五年にあたるそうだ。

 こうして中国で発明された製紙技術は、日本には朝鮮を経て推古天皇の代(六百十年)にもたらされた、と伝えられている。

 時を経て、現代では「紙の消費量は一国の文化のバロメーター」といわれる。確かに紙には情報の伝達、保存及び物の包装という大きな用途がある。

 単純に考えても、新聞、雑誌、あらゆる広告やチラシ、書物など私にはとても把握できない、膨大な量の紙が日々生産され消費されてゆく。

 かくして家庭の中にも紙製品がどんどん入り込んでくる。見もしない広告やチラシ、積み上げられた本や雑誌など、無駄も多いし捨てる作業も大変なものだ。

 昨今、製紙会社の経営統合の成り行きが注目されている。企業にとって生き残ることは肝心だ。時代の変化なのだろうか。

 いろいろあっても、私は原稿用紙を前にすると心が踊る。そこに何が書き込まれてゆくのか自分に期待してしまう。集中して思いを文字にする時間がこの上なく楽しいのだ。だから常にバッグの中に、下書きのための紙と筆記用具を携帯している。「ケータイ」の代わりに。ふとひらめいたときに取りあえずメモしておくために。

 そんな紙製品を商っている会社同志にふさわしい成り行きを期待している。


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